平成22年度(2010)の記事
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近江商人・松居久次郎のちょっとえぇお話
author(2010/10/30)
近江商人の逸話について勉強していたら、近江商人・松居久次郎さんの
えぇお話を見つけたんです。
てんちゃんも感銘を受けたさかいに、みなさんにもご紹介します。
松居久次郎のちょっとえぇお話のはじまりはじまり~☆
寛文4年(1664)9月のある日、久次郎は、行商のために大坂を目指して
未明より神崎郡位田村(東近江市五個荘竜田町)の家を出発して、
4里(16km)ばかり歩き、小堤村(野洲市小堤町)で休息のため
並木の下に腰掛けていました。
何気なく下を見ると、皮の財布が落ちています。
久次郎は、驚いて拾い上げました。
「落とし主は、今頃はさぞや慌てて探していることだろう。
気の毒なことだ。早く、持ち主に返してあげよう」
久次郎は、てんびん棒の先に財布を括り付けて、
人の目に着きやすくして、4.5町(4~500m)ほど来た時、
前から大慌てで旅の僧侶が駆けて来ました。
その僧侶は、てんびん棒の先の財布を見ると、
「播州赤穂の神宮寺(現在は如来寺)の僧、俊恵と申します。
多賀大社に参詣の帰りですが、あなたがてんびん棒の先に付けた
財布は、私がこの先の並木で置き忘れた財布によく似ています。
私にお返しください。」
と、頭を下げてお願いしました。
久次郎は、大変喜んで自分が拾った経過を話し、
「私は、当国神崎郡位田村の久次郎と申し、
行商のため大坂に向かうものです。この財布は、
大金が入っていて落とされた方は、さぞ心配でしょう。
中身を確かめて、お返ししましょう」
確かめてみると、財布は、俊恵さんのものと判り、
久次郎は財布を返しました。
俊恵さんは、お礼にと十両を差し出しましたが、
久次郎は辞退しました。
そこで俊恵さんは、
「しからば、金子は差し上げません。その代わり、
私に出来ることがあれば、お申しください」
そこで久次郎は、商人としての心情を打ち明けました。
「私も商人となった以上、家を興し子孫の繁栄を願っています。
私一身の安楽は望みませんが、子孫の繁栄を願っています。
子孫の繁栄を御祈願ください」
俊恵さんは帰国後、この出来事を記録し、
久次郎の行商姿を絵師に描かせました。
その行商図が下写真↓
(この行商図は、現在、東近江市の長壽寺で大切に所蔵されています。)
俊恵さんは、弟子8人にこの久次郎行商図を授けて、
久次郎家繁栄の護摩法要を毎年することを命じ、
次の和歌を遺しています。
「嬉しさをかきおく筆の末かけて 久次郎さかえ守らせたまへ」
その後、久次郎は熱心に行商に励み、この出来事が世間に広がって
誠実正直な商人として評判が高まり、数年で豪商になり、
松居家は代々繁栄したそうな。
俊恵師之碑(如来寺蔵)
明治29年に松居氏の子孫によって建立された久次郎と俊恵さんの
出会いを記した記念碑。
神宮寺(現在は如来時)の山門の正面にあります。
ほんまに、えぇ話やなぁ~。
てんちゃんも、久次郎さんみたいな誠実正直で
信用に足る商人を目指します!(て)
※今回ご紹介した松居久次郎のお話は、
現在、近江商人博物館で開催中の秋季企画展
「語り継がれる近江商人 エピソード1」で詳しく展示しています。
えぇお話を見つけたんです。
てんちゃんも感銘を受けたさかいに、みなさんにもご紹介します。
松居久次郎のちょっとえぇお話のはじまりはじまり~☆
寛文4年(1664)9月のある日、久次郎は、行商のために大坂を目指して
未明より神崎郡位田村(東近江市五個荘竜田町)の家を出発して、
4里(16km)ばかり歩き、小堤村(野洲市小堤町)で休息のため
並木の下に腰掛けていました。
何気なく下を見ると、皮の財布が落ちています。
久次郎は、驚いて拾い上げました。
「落とし主は、今頃はさぞや慌てて探していることだろう。
気の毒なことだ。早く、持ち主に返してあげよう」
久次郎は、てんびん棒の先に財布を括り付けて、
人の目に着きやすくして、4.5町(4~500m)ほど来た時、
前から大慌てで旅の僧侶が駆けて来ました。
その僧侶は、てんびん棒の先の財布を見ると、
「播州赤穂の神宮寺(現在は如来寺)の僧、俊恵と申します。
多賀大社に参詣の帰りですが、あなたがてんびん棒の先に付けた
財布は、私がこの先の並木で置き忘れた財布によく似ています。
私にお返しください。」
と、頭を下げてお願いしました。
久次郎は、大変喜んで自分が拾った経過を話し、
「私は、当国神崎郡位田村の久次郎と申し、
行商のため大坂に向かうものです。この財布は、
大金が入っていて落とされた方は、さぞ心配でしょう。
中身を確かめて、お返ししましょう」
確かめてみると、財布は、俊恵さんのものと判り、
久次郎は財布を返しました。
俊恵さんは、お礼にと十両を差し出しましたが、
久次郎は辞退しました。
そこで俊恵さんは、
「しからば、金子は差し上げません。その代わり、
私に出来ることがあれば、お申しください」
そこで久次郎は、商人としての心情を打ち明けました。
「私も商人となった以上、家を興し子孫の繁栄を願っています。
私一身の安楽は望みませんが、子孫の繁栄を願っています。
子孫の繁栄を御祈願ください」
俊恵さんは帰国後、この出来事を記録し、
久次郎の行商姿を絵師に描かせました。
その行商図が下写真↓
(この行商図は、現在、東近江市の長壽寺で大切に所蔵されています。)
俊恵さんは、弟子8人にこの久次郎行商図を授けて、
久次郎家繁栄の護摩法要を毎年することを命じ、
次の和歌を遺しています。
「嬉しさをかきおく筆の末かけて 久次郎さかえ守らせたまへ」
その後、久次郎は熱心に行商に励み、この出来事が世間に広がって
誠実正直な商人として評判が高まり、数年で豪商になり、
松居家は代々繁栄したそうな。
俊恵師之碑(如来寺蔵)
明治29年に松居氏の子孫によって建立された久次郎と俊恵さんの
出会いを記した記念碑。
神宮寺(現在は如来時)の山門の正面にあります。
ほんまに、えぇ話やなぁ~。
てんちゃんも、久次郎さんみたいな誠実正直で
信用に足る商人を目指します!(て)
※今回ご紹介した松居久次郎のお話は、
現在、近江商人博物館で開催中の秋季企画展
「語り継がれる近江商人 エピソード1」で詳しく展示しています。
東近江スマイルネット取材!
author(2010/10/26)
本日、東近江ケーブルテレビのスマイルネットが
秋季企画展「語り継がれる近江商人 エピソード1」の
収録に来てくれはりました。
てんちゃんも、ちょっとだけ収録のようすを見せてもらいました。
収録風景。
当館館長から、企画展の開催趣旨と展示紹介がありました。
スマイルネットのスタッフの方々のおかげで、収録はスムーズに進行!
スマイルネットのキャスター浅居笑さんと当館館長。
写真をよ~く見ると、おやおや、何やら大きな紙を持っていますなぁ。
この「つれづれ日記」を見てくれてはる皆さんにだけ、
こっそり収録のマル秘エピソードを教えちゃいます!
写真に写っている大きな紙は、カンペです!
カメラマンさんの前にカンペを出して、館長は収録に挑みました!
今回、収録した映像は、11月8日~11月14日までの一週間、
東近江ケーブルテレビスマイルネットの「こんにちは市役所です」の番組で
放送されます。
視聴可能な地域の方は、ぜひ見ておくれやす♪
もちろん、てんちゃんも見まっせ!(て)
秋季企画展「語り継がれる近江商人 エピソード1」の
収録に来てくれはりました。
てんちゃんも、ちょっとだけ収録のようすを見せてもらいました。
収録風景。
当館館長から、企画展の開催趣旨と展示紹介がありました。
スマイルネットのスタッフの方々のおかげで、収録はスムーズに進行!
スマイルネットのキャスター浅居笑さんと当館館長。
写真をよ~く見ると、おやおや、何やら大きな紙を持っていますなぁ。
この「つれづれ日記」を見てくれてはる皆さんにだけ、
こっそり収録のマル秘エピソードを教えちゃいます!
写真に写っている大きな紙は、カンペです!
カメラマンさんの前にカンペを出して、館長は収録に挑みました!
今回、収録した映像は、11月8日~11月14日までの一週間、
東近江ケーブルテレビスマイルネットの「こんにちは市役所です」の番組で
放送されます。
視聴可能な地域の方は、ぜひ見ておくれやす♪
もちろん、てんちゃんも見まっせ!(て)
びわ湖環境ビジネスメッセ2010
author(2010/10/23)
10月20日~22日の3日間、長浜ドームにおいて
過去最大規模の「びわ湖環境ビジネスメッセ」 が開催されました。
これは地球規模での環境課題の解決と持続可能な社会を構築していくため
環境配慮型のモノづくりや省エネルギー技術・製品づくりなどが紹介される
国内最大級の展示で、滋賀の環境メッセから全国の環境メッセへと
認知されつつある取り組みです。
これからは、ビジネスにおいても環境への取り組みが重要になってくるので、
てんちゃんも勉強しに行ってきました!
313社が出展する中の一つに、東近江市のブースがありました。
今年は市内7経済団体(八日市商工会議所、永源寺・湖東・愛東・能登川・
五個荘・蒲生商工会)と合同で 「緑の分権改革」や「環境と経済の共生」についての
取り組みが展示され、 多くの人が「菜の花エコプロジェクト」、「市民共同発電所」、
「三方よし商品券」、「ぎんりんBiz」などに高い関心を持ってはったようです。
「三方よし商品券」の紹介には近江商人人形が一役かってくれていました。
てんちゃんも環境にやさしい取り組みを実践していきます!
まずは、できることからやってみまひょ。
小さな紙切れもリサイクル~♪(て)
過去最大規模の「びわ湖環境ビジネスメッセ」 が開催されました。
これは地球規模での環境課題の解決と持続可能な社会を構築していくため
環境配慮型のモノづくりや省エネルギー技術・製品づくりなどが紹介される
国内最大級の展示で、滋賀の環境メッセから全国の環境メッセへと
認知されつつある取り組みです。
これからは、ビジネスにおいても環境への取り組みが重要になってくるので、
てんちゃんも勉強しに行ってきました!
313社が出展する中の一つに、東近江市のブースがありました。
今年は市内7経済団体(八日市商工会議所、永源寺・湖東・愛東・能登川・
五個荘・蒲生商工会)と合同で 「緑の分権改革」や「環境と経済の共生」についての
取り組みが展示され、 多くの人が「菜の花エコプロジェクト」、「市民共同発電所」、
「三方よし商品券」、「ぎんりんBiz」などに高い関心を持ってはったようです。
「三方よし商品券」の紹介には近江商人人形が一役かってくれていました。
てんちゃんも環境にやさしい取り組みを実践していきます!
まずは、できることからやってみまひょ。
小さな紙切れもリサイクル~♪(て)
地元の小学生が近江商人について学習!
author(2010/10/21)
本日、東近江市内の能登川北小学校3年生14名のみんなが、
東近江市五個荘地区で有名な近江商人の暮らしや
道具を知って関心を深めようと、近江商人博物館を見学に来てくれました。
小学生のみんなは、元気いっぱいにごあいさつしてくれました。
館長から歓迎のごあいさつもありました。
近江商人旅姿の前で、当館学芸員から、近江商人について説明がありました。
近江商人は、こんなふうにてんびん棒を肩にかついで、
全国を行商してはったんだよ。
約10kgのてんびん棒荷物の重さを体験する子どもたち。
みんな力持ちやな~。
ちびっこ近江商人の登場!
近江商人の旅姿が、よう似おてるなぁ!
能登川北小学校3年生のみんな、来てくれて、おおきに!
みんなが住んでる東近江市内から、
たくさんの近江商人が活躍していることが
わかったかな?
てんちゃんのことも忘れんといてや~!(て)
東近江市五個荘地区で有名な近江商人の暮らしや
道具を知って関心を深めようと、近江商人博物館を見学に来てくれました。
小学生のみんなは、元気いっぱいにごあいさつしてくれました。
館長から歓迎のごあいさつもありました。
近江商人旅姿の前で、当館学芸員から、近江商人について説明がありました。
近江商人は、こんなふうにてんびん棒を肩にかついで、
全国を行商してはったんだよ。
約10kgのてんびん棒荷物の重さを体験する子どもたち。
みんな力持ちやな~。
ちびっこ近江商人の登場!
近江商人の旅姿が、よう似おてるなぁ!
能登川北小学校3年生のみんな、来てくれて、おおきに!
みんなが住んでる東近江市内から、
たくさんの近江商人が活躍していることが
わかったかな?
てんちゃんのことも忘れんといてや~!(て)
近江商人・西川甚五郎が発明したヒット商品
author(2010/10/20)
みなさんは、夏の夜、蚊帳をつって寝た経験はありますか?
今は、エアコンが普及して、
蚊帳をつる機会もめっきり少なくなってしもたもんです。
麻を草色に染めて、その草色が引き立つように緋色の房を付けて、
涼しさを演出した「萌黄蚊帳(もえぎかや)」
この萌黄蚊帳は、「ふとんの西川」で有名な西川産業の二代目・西川甚五郎が
発明した江戸時代のヒット商品です。
萌黄蚊帳の誕生には、次のようなエピソードがあります。
甚五郎が、ある年の昼下がり、近江から江戸本店へ向かう途中、
旅の疲れから、ついウトウトしていました。気が付くと、甚五郎は、
緑色の蔦かずらが一面に広がる原野に迷い込んでいました。
甚五郎は、生きいきとしたかずらの若葉の新鮮な色が目に映えて、
あたかも仙境に居るような清々しい気分になったのでした。
夢から覚めた甚五郎は、「これだ!」と思い立ち、
「涼味あふれる緑に囲まれた蚊帳ならば、中にいる人の気持ちを和ませ、
爽快な気持ちにさせるだろう」と、萌黄蚊帳を発明したのです。
また、販売方法にもひと工夫し、店の手代とてんびん棒で商品を担いだ
美声の雇い人が二人一組となって、
「萌黄のかや~」という短い言葉を一唱するのに、半町(約50m)を
ゆっくり歩きながら、江戸の市街を売り歩くことによって、話題となり、
広まっていったとか。
なかなかのアイデアマンやなぁ。
てんちゃんも見習わせてもらいます!(て)
今回ご紹介した萌黄蚊帳は、近江商人博物館常設展示室に展示しています。
今は、エアコンが普及して、
蚊帳をつる機会もめっきり少なくなってしもたもんです。
麻を草色に染めて、その草色が引き立つように緋色の房を付けて、
涼しさを演出した「萌黄蚊帳(もえぎかや)」
この萌黄蚊帳は、「ふとんの西川」で有名な西川産業の二代目・西川甚五郎が
発明した江戸時代のヒット商品です。
萌黄蚊帳の誕生には、次のようなエピソードがあります。
甚五郎が、ある年の昼下がり、近江から江戸本店へ向かう途中、
旅の疲れから、ついウトウトしていました。気が付くと、甚五郎は、
緑色の蔦かずらが一面に広がる原野に迷い込んでいました。
甚五郎は、生きいきとしたかずらの若葉の新鮮な色が目に映えて、
あたかも仙境に居るような清々しい気分になったのでした。
夢から覚めた甚五郎は、「これだ!」と思い立ち、
「涼味あふれる緑に囲まれた蚊帳ならば、中にいる人の気持ちを和ませ、
爽快な気持ちにさせるだろう」と、萌黄蚊帳を発明したのです。
また、販売方法にもひと工夫し、店の手代とてんびん棒で商品を担いだ
美声の雇い人が二人一組となって、
「萌黄のかや~」という短い言葉を一唱するのに、半町(約50m)を
ゆっくり歩きながら、江戸の市街を売り歩くことによって、話題となり、
広まっていったとか。
なかなかのアイデアマンやなぁ。
てんちゃんも見習わせてもらいます!(て)
今回ご紹介した萌黄蚊帳は、近江商人博物館常設展示室に展示しています。
- 名 前:てんちゃん
出身地:東近江市てんびんの里
誕生日:10月10日
特 徴:おへそが「て」の形。
時どき江州なまりです。
好きな食べ物:どろ亀汁、
でっちようかん
目 標:
近江商人の知恵を学んで、世間の人びとに信頼される近江商人になること
趣 味:
近江商人の先輩の足跡をたどること
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